デフォ名:秋月春日
「春日、お腹空いた」
「もうちょっとで出来るから、待ってて」
「お腹空いた」
「本当にあともうちょっとだから!」
私がキッチン(と言っても独り暮らしの部屋だから、名ばかりのキッチンだけど)から顔を出せば、神威は不服そうに眉を下げた。船を降りて真っ直ぐここに来たと言っていたから、相当お腹が空いているのだろう。と言っても神威の場合、いつだって大抵空腹なのだけど。
そんな空腹な彼のために、私はせっせと料理を作る。料理は得意でも何でもないし、実の所苦手だ。だから出前でもとった方が神威のためなのだろうけど(料金のことはさておき)神威はそれを許さない。彼曰く「チャラついたおかずに興味はないヨ」らしい。だから神威はご飯があればそれだけで割合満足してしまうし、おかずだってふりかけや、梅干しや、鮭などと言った庶民的なものを一品でもあればそれだけで何杯も白米を食べている。けれど流石にお腹を空かせた客人に白米とおかず一品だけを出すわけにはいかず(これは私のプライドだ)、神威が来た時は苦手ながらも料理を作ることにしている。幸いなことに神威は私の作った料理を不味いとは言わないので(これが彼の気遣いなのか、味音痴なのか、意外にも彼の味覚にマッチングしているのかは分らない)私は今日も料理を作っている訳なのだ。
今日のメインはハンバーグだ。別に中に上等な肉を使っている訳ではない。ごくごく一般的なハンバーグ。付け合わせはコーンとほうれん草のバターソテー。今更神威に血の気が必要だとは思わないけど、楽チンだからこれでいく。スープはコンソメスープ。中にはキャベツとニンジンと、残ったコーンを少々。ニンジンが星形になっていたりは、勿論しない。辛うじて大きさがそろっているのだからそれで良しとしてもらう。一応バランスというものを意識して、野菜もとってもらいたいからサラダも作った。作ったと言っても、野菜を切ってお皿に盛っただけだ。家庭的な女の子ならこんなメニューを作るのはあっという間だし、ハンバーグの付け合わせはニンジンのグラッセだろうし、スープには可愛い形の野菜が入っているだろうし、サラダだって美味しい手作りドレッシングをかけるだろう。勿論ハンバーグの形はハート型だったりするのだ。
でも、生憎料理の苦手な私はこのメニューを作りきるのに2時間かかったし、美味しいかどうかも分からない料理を完成に導くだけで精一杯だ。そのことを、神威には申し訳ないと思う。
神威はご飯を食べるのが大好きなのに、中でも地球のご飯が好きらしいのに、私のこんな料理を食べているんだもの。不味いとは言わないけれど、他に美味しいものはいくらでもある。チャラついたおかずに興味がないのは、私を気遣ってくれての言葉なのかもしれない。って言うか、私の作る料理ってそこまでチャラついてないしな。
何だか若干悲しくなりながらも、私は作った料理をお皿に盛りつけていく。と、神威が立ち上がってこちらに近付いて来る。
「できた?」
「うん。ごめんね。今持っていくから」
お皿を持ちながら答えれば、神威が私の手からお皿を取り上げて運んでくれる。それを嬉しく思いながら、私は炊飯器をあけてご飯をよそる。神威のご飯はこれでもか、と言う程高く盛る。多分、すぐにお腹の中に消えちゃうんだろうけど。
「春日~」
「はい。お待たせしました」
「うん、待った」
「ごめんってば」
「いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ」
パンッと小気味良い音をたてて両手を合わせて挨拶をしたかと思えば、次に瞬間には神威の箸はハンバーグにのびている。いつもの光景だから何を言うわけでもないけど、凄いスピードだよな、とは毎回思う。そんなに焦らなくても、誰も盗ったりしないのに。もぐもぐと口に詰め込んだものを租借し、ゴクンと飲みこんでしまうと神威はニコリと笑って「やっぱり、春日のゴハンは美味しいネ」と言ってまた食事を再開する。その神威の一言を聞き終えてから、私は初めて箸をのばす。ハンバーグを一口大にする。どうやら生焼けではないらしい。それに安堵して口に入れてみれば、可もなく不可もなく、な味だった。しいて言えばソースが濃い様だ。ご飯を食べてそれを中和する。ゴクリと飲みこんで、目の前の神威を見れば、お茶碗が空になりそうなので、私は手をのばす。神威は残りの一口を頬張って、空のお茶碗を私に差し出す。受け取って、さっきと同じ位に盛って(これ以上は高く盛れない)再びテーブルに着く。これでもか、と盛られたお茶碗を置けば「ありだとう」とお礼を言われた。
「神威、不味かったら、そう言って良いんだよ?」
「ん?」
私の言葉に、神威は箸を動かす手を止め、コクリと頭を倒す。大きな目がこちらを向いている(口はもぐもぐと動いたままだった)。
「チャラついたおかずに興味ないって言っても、もっと美味しいものが沢山あるんだし、たまには外食とかで食べたいもの食べなくて良いの?」
ゴクリと全てを飲みこんでから、神威はゆっくりと頭を元の位置に戻す。
「春日は、料理作るの嫌?」
「嫌じゃないよ。下手だし、苦手だけど」
「じゃぁ、問題ない」
「でも、もっと他に美味しいものが沢山あるよ?」
「俺は、春日のゴハンが食べたい」
きっぱりとそれだけ言って神威は食事を再開した。私の口からは「そうなの」なんて間抜けな言葉位しか出てこない。今、結構凄いことを言われた気がするんだけど、神威は全く気にも留めていないらしい。目の前で高く盛られた白米が減っていき、箸が行き来する。スープのお皿が空になった様で、神威の手がまたこちらに伸びてくる。それを受取って、私はまたキッチンまで逆戻り。自分のハンバーグは半分も食べられていないから、そのうち神威が「いらないなら頂戴」なんて言いながら箸を伸ばして来るだろう。私はきっとそれを避けられない。カチリとコンロのつまみを回して火をつける。少し冷めてしまったスープを温めなおしながら、次は何を作ろうかと考えた。
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